パーソナル管理栄養士(ダイエットサポート/サロンワーク)の立場から

三城 円様(San-CuBic代表)

 

この記事は2013216日に行われた、素敵栄養士委員会[est]主催の素敵栄養士をめざす人この指とまれ!『100人イベント』でのパネルディスカッションから作成しました。

 

自己紹介と、現在はどんなお仕事をされているのか教えて下さい。

 

 千葉県出身、トータル健康美ダイエットサロンSan-CuBic代表の三城円と申します。筑波大学大学院でスポーツ栄養学を学んだのち、独立し「ダイエットを通じて“健康美人”を増やす」という活動理念のもと、ダイエットサロンSan-CuBicを設立しました。現在は、ダイエットセミナーの講師、一般の方向けのパーソナルダイエットサポート、体幹ストレッチ指導、ダイエットに効果的な雑穀の販売などをしています。

 

 

現在にいたるまでの経緯を教えて下さい。

 

 大学卒業後、23歳で給食委託会社シダックスに就職しました。管理栄養士と名乗るほどの自信がなく現場で経験を積みたかったということと、もともとスポーツ栄養をやりたくて、スポーツ部署のあるこの会社なら携われるのではないのかなと思って就職しました。結局この会社ではスポーツ栄養に携わることができませんでしたが、初めての仕事でしっかり働いてお金を稼ぐということに責任感を感じました。給食の現場ではパートさんとの人間関係に悩んだり、おしゃれができないこと、また不健康な食生活の積み重ねで自信の体調があまり良くなかったことなどから、だんだん不満がつのってきてしいました。

 「こんな不満ばかりを言う生活は脱したい!」と思い、興味のあったスポーツ栄養を学ぶために、研究設備の充実している筑波大学大学院へ行くことに決めました。院生時代は貧乏で、家賃1ヶ月10,000円ほどの共同寮で2年間暮らしました。生活環境は良いところではなったのですが、自分のしたい勉強ができていたので苦ではありませんでした。研究を重ねたことでプレゼンテーション力が身に付きましたし、実際のスポーツ選手を指導する機会もありました。この頃から摂食障害になってしまい思うように研究ができなかったので、大学院の後期課程に進学しましたが、結婚を経て休学しました。

 27歳でフリーに転身してパーソナル食生活相談を始めました。ビジネスマナーの常識もなかったので不安でした。自宅でサロンを開こうと思い、プログラム・料金設定などの準備に23年かかりましたが、主人にお金のことで頼りたくなかったのでしっかりと準備して29歳の時に自宅兼サロンをオープンしました。

 

 

今のお仕事に至ったきっかけを教えて下さい。

 

 自分がやりたいことをやるにはフリーになるしか仕事がないかなと思っていました。一番のきっかけは自分自身が摂食障害になったことと、友人が摂食障害で亡くなったことです。ダイエットしたいとかきれいになりたい人はたくさんいるのに、相談できる場所がないなと思って、だったら自分が作ろうと思ったことで今につながっていると思います。

 

 

将来の夢を教えて下さい。

 

 1つ目は、一般の方向けのダイエットを通じて社会に貢献することです。サロンというよりはダイエットスクールに近いですね。心と体をセルフコントロールできる人が増えることで、社会に元気になると思っております。

 そして2つ目はパーソナル管理栄養士のネットワークを全国に作ることです。経験をもとにアドバイスできる人の仲間を作れば、カウンセリングの仕事も増えますし、管理栄養士の地位もきっと向上すると感じております。