~スポーツ栄養士&働く母の立場から~

馬淵 恵様(FRC フレック代表)

 

この記事は2013216日に行われた、素敵栄養士委員会[est]主催の素敵栄養士をめざす人この指とまれ!『100人イベント』でのパネルディスカッションから作成しました。

 

 

自己紹介と現在はどのようなお仕事をされているのか教えて下さい。

 

FRC代表 管理栄養士 日本体育協会公認スポーツ栄養士の馬淵恵と申します。秋田県出身で共立女子大学出身です。

 現在は「食を育てコンサルする」という理念のもとFRC(フレック)の代表をしています。個人事業主です。今回はママ代表としてお話させていただきますが、小学校6年生と4年生の2人の息子の子育て中です。FRCでは公認スポーツ栄養士のお仕事が6割の収入源になっており、現在サポートチームは6チームです。他にも大学の非常勤講師やクリニックなどでもお仕事をしています。

自ら収入をどう得るかを日々考えお仕事をさせて頂いている40代代表です!

 

 

現在の働き方に至った経緯を教えて下さい。

 

 大学卒業後は明治乳業に入社しました。その頃は特に何になりたいというわけではなく栄養士として営業がしたいというのがきっかけでした。MRのような仕事と母子に対する粉ミルクの紹介をしていました。秋田という土地柄で毎日の接待が大変でした。会社という組織も学びましたし、かなりお酒に強くなったというのが20代の経験ですね。

 その後結婚し今は岐阜在住です。第一子を産んだ時が私の大きなきっかけになったと思います。東京のある会社の女性栄養士起業家の第一人者といわれる方の新聞記事を読み起業したいと思ったのが初めてですね。結婚して社会から取り残された感覚があった時に私のできることって何なのかなって考えたことからですね。第二子を産んだ時ぐらいからパート管理栄養士として子育てをしながら行政や民間のお仕事が始まりました。

 フリーで仕事をしようと思ったのは、お仕事が増えてきた33歳ころです。その時長男が6歳になりサッカーを始めまして、何を食べさせよう?というところがスポーツ栄養に取得するきっかけでした。そして地元にあるスポーツトレーニングセンターの管理栄養士の方に教えて頂き、公認スポーツ栄養士の資格を取りました。その時子育て真っ最中でしたのでスケジュール管理が大変でいろいろ考えた時期でした。

 その後39歳の時にスポーツ栄養士を取得して、その頃同世代のママ友が3人の息子を抱えて離婚をして起業しました。その会社に社員として入りました。1年半を経て40歳の時にFRCを独立開業しました。子供2人を地方から都心の大学に行かせるにはすごいお金がかかるので、夫の収入だけではなくて自分も収入をきちんと得なければいけない。自分に対してのプレッシャーが必要だと思いFRCを立ち上げました。「食を育てる」という理念元、企業の栄養コンサルタント、軸はスポーツ栄養で事業展開をさせて頂いております。

 スポーツ栄養のチームサポートの仕事はチームの契約によって違います。講義やお弁当のコンサル、試合帯同、献立作成、食事日誌の添削など色々な仕事があります。合宿の帯同は買い出しから調理、講義など何でもしています。

 

 

今のお仕事に至ったきっかけを教えて下さい。

 

 起業することになったきっかけは産後すぐ見た新聞にのっていた起業栄養士の記事だったと思います。その栄養士さんにメールをして、仕事が始まりました。また他に自分に何が出来るのか・・・というときに長男がスポーツを始めたことがスポーツ栄養士を目指したきっかけです。ですから私はスポーツ栄養士になりたいと思ったのが遅いですね。資格を取ったのも遅いけれども、ここだけに言えるのは仕事にしてきたのは早い。それは多分年齢だと思います。年齢が上なので、若い子たちとグランドを走り回れる期間は限られるなと思ったので、仕事にする!収入を得ることを考えスポーツ栄養の仕事をスタートしました。

 

 

今後の目標を教えて下さい。

 

 FRCの理念は「食を育てる」です。Food.Raise.Consultこの3つの柱を実現していく企業になりたいと思っています。今年の個人事業主としての目標は目標年収をクリアすること。

 ママという立場では仕事をしていくにあたって家族が笑顔じゃなきゃ仕事はできない。私が仕事をするには家族の理解と笑顔がないとできません。家族が笑顔でいられるよう仕事をしていきたいと思います。

 それと今は夫も大変忙しく子供中心でなかなか2人の時間を取ることが難しいので、将来はきちんと収入を得て海外で夫と一緒にのんびり暮らすことができたらと思います。